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稲葉浩志(B’z) - 泣きながら

2014年3月26日にリリースしたダウンロード・シングルは前作、「念書」から

約1ヶ月ぶりのシングル。シングルでは「I’m on fire」以来のバラードナンバー。

B’z Official YouTube Channelにてミュージックビデオが公開されている。

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【稲葉浩志(B’z) - 泣きながら】

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●稲葉浩志: データ

(いなば こうし、1964年9月23日)は、日本の音楽ユニット・B’zのボーカリスト、作詞家である。ソロ活動の際には作曲とギター、音楽プロデュース等も担当する。岡山県津山市出身。 所属レコード会社はビーイング、レーベルはVERMILLION RECORDS所属。所属事務所はVERMILLION。

当時大学生で歌手を志していた稲葉は音楽雑誌『ロッキンf』に目を通していたところ、音楽制作会社ビーイングが主催していたボーカルスクール「ビーイング音楽振興会(現・Being Music School)」のスクール生募集の広告が目に留まった。その欄に当時ファンであったLOUDNESSなどのアーティストの名前が明記してあったため、「ここだな!」と思い通い始めたのが最初である。
ボーカルスクールは小さいマンションにスクールのオフィスと、ドアだけ防音にした音を出せる部屋があり、そこでレッスンをしていた。レッスンはカラオケを使ったもので、自分の歌いたい歌、もしくは、講師の先生が勧めてくる曲を歌っていた。ボーカルスクールは歌のレッスンのみで、そこから事務所が「そこそこ使えそうな人間だな」と思うと、歌手活動への抜擢や、コーラスのバイトを任されたりする。そのため稲葉自身、自分のバンドは自分でやるしかないので、友達とバンド活動をしていた。
スクールに入所してしばらくすると、稲葉をデビューさせるためのプロジェクトが発足し、通称「稲葉バンド」というバンドも結成された。そのバンドには、後にB’zのサポートベーシストとなる明石昌夫も在籍していた。しかし、ライブを活動をするわけでもなく、メンバーもコロコロと変わり、結局自然消滅した。稲葉はその時期に、あるメジャー・レーベルのオーディションを2つのバンドで受けたが、どちらも受からなかったという。
その後、稲葉の歌が収録されていたデモテープが松本孝弘の目に留まる。そして松本が稲葉を誘いB’zを結成、1988年9月にデビューとなる。

ウィキペディア(Wikipedia) 参照

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2014-04-03| B'z| タグ - , ,
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